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盛子のお腹では、もう胎動がはじまつていた。
と、呟き、房一に向つてしきりとうなづいていた。
と、相手は慌ててその筒抜けな声を庫裡の居間に向けて放つた。
「畜生、おぼえていろ。」
房一は来意を告げた。やがて、軽い足どりが聞えたので、さつきの看護婦だとばかり思つて目を上げた房一の前に、頭髪の真白な、稍やや猫背の、ぎよろりとした眼つきの老人が立つていた。一瞬、房一はこの老医師と目を合はせた。何か剥むき出しな、噛みつくやうな眼が房一をぢつと見下していた。が、次の瞬間には、それとはおよそ反対な気軽るな声が、
道平はゆつくりと首を動かして訊いた。
「何かの、それは」
「いや、あの晩の、ほんの三二日前です」
この分では永くなりさうだと思つて、房一が腰を浮かし気味にすると、
と云ふ疳高かんだかい大きな声があたりに響きわたつて房一を面喰せた。
彼は自信を失つた。それにこの苦痛と動揺は明らさまに説明しにくい、説明したところで判つてもらへない種類のことだつた。房一はそれを盛子の妊娠の揚合にも経験した。
房一は庄谷の後で時々目を開けていたが、間もなくすつかりつむつてしまつた。ゆるく尻をひつぱる読経の声、時々ふいに高くなり、途切れ、又ゆるやかにつゞくその倦だるい音は、それにつれて聞いている者に次々ととりとめもない考へを追ひかけさせ、立ちどまらせ、又流れさせた。
と、小谷が徳次の足に目をつけて云つた。どこで手に入れたのか、徳次は白い紙緒の藁草履をちやんとはいていた。